mitonote

「ミトノート」は、茨城県の県都である水戸市の魅力を伝える冊子です。

水戸市民が誇りに思う「場所」や「もの」「こと」を1号につき、ひとつ、特集のテーマとして取り上げ、そこにかかわる市民の暮らしぶりや考え方を通じて、水戸の良さをより深く伝えていきます。

第6号となる今号では、「水戸の新名産」をテーマにお届けします。

表紙撮影…小泉慶嗣

水戸の新名産─若き食の生産者たちの挑戦

近年、ここ水戸から、全国レベルで高い評価を受ける新しい商品が次々と登場しています。それらを生み出しているのは、いずれも若い世代の生産者たち。彼らは、水戸ならではの伝統や地域性を生かし、さらに全国におけるオンリーワンを目指すための気概を持って、創造性に富んだ品をつくり出しています。今号では、それらを「水戸の新名産」と名づけ、商品とその背景にあるそれぞれの生産者の挑戦の物語をお届けします。

水戸の新名産

ドロップファームの「美容トマト」

水戸の新名産1
ドロップファームの「美容トマト」

「アイメック®」という特殊なフィルムを使用した農法でつくられる甘くて栄養成分をふんだんに含むフルーツトマト。フルティカ、小鈴、アイコ、イエローアイコの4種がある。商品は、4種それぞれの個装パックのほか、4種を詰め合わせた「お任せミックス」も。「美容トマトジュース」(赤・黄)も人気。水戸市内では、「京成百貨店」で購入可。ドロップファームの自社サイトでオンライン販売もしている。 [お問い合わせ] ドロップファーム 029-246-6711 https://dropfarm.jp

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森の中のトマト農場で実践される新しい農業のかたち。

――20代の女性社長がつくりあげる、子育て世代の女性にとっても働きやすい〝職場〟としての農業の仕組み。

水戸市の北西に広がる森の端で、県外から移住した夫妻によって始められたフルーツトマトのハウス農場「ドロップファーム」。創設からわずか3年にもかかわらず、そのトマトの品質の高さに加え、農業における新しい働き方を可能にする組織づくりにも大きな注目が集まっている。いかにしてそれを可能にしているのか、秘密を探る。

 水戸市の北西に広がる「森林公園」のいちばん東の端あたり。高い木々が両側から覆うようにアーチをつくる道を抜けると、そこに、甘い甘いフルーツトマトを生産するハウス農場がある。
 株式会社ドロップが営むドロップファーム。ここでは、土ではなく「アイメック®」というオリジナルのブランド名を冠して販売している。
 新規就農者として栽培を始めてからわずか3年にもかかわらず、この「美容トマト」は、すでに大手百貨店・三越の銀座店で定番商品として扱われるほどの高い評価と人気を得ている。たしかにひと口食べれば、えぐみを抑えた爽やかな味わいのあとに濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、思わず目を見張ってしまうほどだ。
 新規に参入した事業で、どうやってこれほど短期間に高い品質の商品づくりに成功し、大手百貨店との直接取り引きをも可能にしたのか。その理由を探るべく、農場を訪ねた。

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アイメックによる栽培が
「美容トマト」を生み出す

 ドロップファームの舵取りをするのは、三浦綾佳さん。20代という若さだが、年上のご主人のバックアップを得ながら組織の先頭に立ち、8人の女性スタッフとともに、「美容トマト」の生産から販売まで、仲卸を介さず小売業者との直接取り引きで事業を進める。
 2017年3月には政府が選ぶ「WAP100選(農業の未来をつくる女性活躍経営体100選)」に認定されるなど、商品そのものと並んで、三浦さん自身が、新しい時代の女性農業者として大きな注目を集めている。
 さっそく三浦さんにドロップファームのハウス内を案内してもらう。6連棟の広く明るい空間の中には、アイメックに適した4種類のフルーツトマト──フルティカ、小鈴、アイコ、イエローアイコが植えられ、それぞれ競うように美しい色の葉を上へ上へと伸ばし、宝石のように鮮やかに輝く実をつけている。三浦さんが説明する。
 「アイメックとは、土の代わりに、微細な穴のあいたフィルムに苗を植えて育てる技術です。ナノサイズの穴から根が懸命に水と養分を吸いあげるためにトマト自身が強くなり、糖度のほかにも、ビタミンC、グルタミン酸、GABA、βカロテン、リコピンなどの成分が一般的なトマトに比べて高くなります」
 このフィルムは細菌を通さないため、トマトが病気になりにくく、その分農薬を最小限に抑えられる。また、フィルムに水が十分保持されるため、使用する水の量が通常のトマト栽培の10分の1で済むなど環境にも優しい。
 ハウス内は、水や肥料の供給量など生育環境をきめ細かに管理できる最先端の仕様になっている。その中で、実の収穫などの作業に励むのは、8人の女性スタッフたちだ。長野県出身で農業経験を持つ河西ほなみ農場長を筆頭に、さまざまな経歴を持つ女性たち──中にはタイ出身で日本在住の女性も2名いる──が、じつに生き生きと働く。ここで働く女性のほとんどが、子育て中の母親だ。
 この、子育て世代の女性が働きやすい環境を整備している点も、ドロップファームの大きな特徴のひとつ。三浦さんが説明する。
 「私自身が3歳の子どもの母親なので、まずは自分が働きやすい環境を目指したんです」

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 ここでは、スタッフ全員にフレックスタイム制が適用される。残業ゼロは鉄則だ。
 「フレックス制なら、子どもの体調が悪いときなどにも対応できます。それと、毎月きちんと決まった休みも取れるようにしています。農業ではこれがけっこう難しいのですけれど」
 これらの内容は就業規則として明確に規定されている。農業=厳しい環境での重労働というイメージは、ここにはまったくない。
 河西農場長はこんなふうに話す。
 「この会社では、自分の生活に合ったスタイルで働くことができます。農業であっても一般企業と変わらない働き方ができることがうれしいですし、働いていて充実感があります」
 三浦さんがつけ加える。
 「河西の管理能力がトマトの生育環境の維持に貢献していますし、彼女が撮影してSNSにアップするトマトの写真の美しさも評判なんです。働くスタッフのやりがいを維持したり、収入をある程度高い水準で安定させ、プライベートの充実を図れる体制をつくることは、会社にとってとても大切なことです」

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三越銀座店の試食販売で見せた
コミュニケーションの技術

 スタッフの手によって丁寧に収穫され、パック詰めされた「美容トマト」は、ドロップファームの自社サイトで販売されるほか、三越百貨店の生鮮食品売り場へと出荷される。
 「都内のマルシェに出店したとき、三越の青果売り場のバイヤーの方が声をかけてくださって。翌日すぐに電話をして営業に伺い、その後試食販売を重ねる中で、定番商品として扱っていただけるようになりました」
 機会があれば、今も三浦さん自身が売り場に立って試食販売を行うという。11月のある日、三越銀座店への同行取材をお願いすると、待ち合わせの場に現れたのは、白いブラウスに黒いパンツ姿の三浦さん。売り場で店舗スタッフと挨拶を交わしたあと、さっそく試食販売を開始する。親しみのある笑顔と品のある佇まいが奏功するのだろう、三浦さんの呼びかけに立ち止まって試食する人が続く。皆、ひと口食べて、その特別な味わいに驚いたような表情となり、笑顔でパッケージを買い物かごに入れていく。中にはウェブサイトで購入したトマトの味に感動し、三浦さんの試食販売に合わせて足を運ぶ人もいるという。夕方までには、用意したトマト約100パックがすっかり売り切れてしまうほどの人気ぶりだった。
 「短時間で信頼関係を築く過程が私にはとても魅力的で。何を売るときも大切なのはコミュニケーション、お客さまが私との時間をどれだけ心地よく思っていただけるかだと思うんです。私はいつもこちらから話し過ぎず、お客さまと波長を合わせることから始めます」

アパレルから太陽光発電まで
販売の魅力に目覚めた広島時代

 この三浦さんの、類い稀なる販売能力の根源を知るには、生まれ故郷、広島時代にまで遡る必要がある。
 短大卒業後、地元の小規模なアパレル会社に就職した三浦さん。
 「会社のテーマが〝接客のプロになる〟だったんです。その言葉に惹かれて入社しました」
 入社後は、毎朝厳しいロールプレイングの訓練が待っていたが、それにより顧客との信頼関係を築く技術が身についたという。販売の魅力に目覚めた三浦さんは、アパレル会社を退社後もさまざまな商品──栄養ドリンクから600万円の太陽光発電まで──の販売に挑戦する。太陽光発電のキャンペーンでは、三浦さんの成績があまりに突出していたため、後日、三浦さんの接客ノウハウをまとめた社員教育用DVDが製作されたというから、驚く。三浦さんが21歳のときの話だ。

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子育て中でもキャリアアップでき、
家族がともにいられる新規事業

 その後、イベントを通じて三浦さんは、将来夫となる浩さんと巡り会う。浩さんの仕事の都合もあって、ともに東京に移り住み、やがて結婚。ふたりで新たに広告代理店 株式会社ドロップを立ちあげ活動するが、三浦さんの妊娠を機に新規事業を考えることに。
 「子育てをしながらでも、私自身がキャリアアップしていける仕事がしたかったので。それと、主人と歳が離れているので、できるだけ家族が一緒にいられることも考えました」
 さまざまな業態を模索する中、たまたま見ていたテレビ番組で、まさに思い描く通りの事業と出会う。それが、アイメックだった。
 「農業未経験でもおいしいトマトがつくれる農法だと知り、すぐにアイメックの開発・販売会社であるメビオール株式会社に説明を聞きに行って。もうこれしかないと確信しました」
 土地は、複数下見した中から、浩さんの叔父夫妻が所有する水戸の農地が候補に挙がる。冒頭に記した木のトンネルを抜けてたどりつく場所。その環境に魅了された三浦さんは、農地の半分を使わせてもらうお願いをし、叔父夫妻から快諾を得る。2014年のことだ。
 「そこからが激動の日々でした。事業資金の申請をして、それから電気と水が通っていなかったので、ライフラインを整える手配をして。夜になると2人とも本当に疲れ果てて食事もせずに寝てしまう日々が続きました」
 とくに事業資金の申請が通るまでの半年間は凄まじいプレッシャーと不安に苛まれたという。それでも、三浦さんは事業開始後を見据えて、子育てと並行しながら、生産者・販売者としての信頼を高めるため「野菜ソムリエプロ」の資格を取得。浩さんとともにトマトのブランディングも進めていく。
 やがて資金の目途が無事に立ち、三浦さん夫妻は一気に6連棟のハウスと自宅兼事務所の建築に着手。2015年8月、水戸の成沢町(なるさわちょう)に「ドロップファーム」が誕生した。

水戸で農業者を育てたい
もっと働く場を提供したい

 三越日本橋店、同銀座店、水戸の京成百貨店での取り扱いに加え、茨城県内のスーパーマーケット用として新ブランド「あなたに食べられたい」シリーズの展開も始まり、ドロップファームのトマトの需要は高まるばかり。生産量を増やすため、現在、第2ハウスを建設中だ。
 「8月には完成して定植できる予定なので、今はそれを見据えてスタッフを増やし、技術を身につけてもらっているところです」
 さらに、トマトの生産販売を軸にしながら、新規事業への意欲も膨らませる。
 「生産量が増えるとB品も増えるので、直売所を持ちたいですね。それと、研修所。販売も含めたノウハウを伝えて、農業で独立する人を育てたいという想いが強くあります」
 水戸に人を呼び込む事業のアイデアも描く。
 「たとえば若い人たち向けの農村民泊を企画すれば、きっと話題になると思うんです。で、究極的には、ここを、託児所から老人ホームまであるような、ひとつの街のようなものにしていきたいなという夢があります」
 クールな語り口とは裏腹に、彼女の夢は広がる。どこまでも。
 おそらく三浦さんが希求するものは、広島時代からずっと変わらないのだろう。よい商品を媒介にした人と人との心のやりとりの連鎖、すなわちコミュニケーション。それが、人々に笑顔をもたらし、幸せを生み、働く場を創出して、地域に賑わいをもたらすことを、三浦さんは自身で何度も体験してきている。
 その彼女が水戸の地を選び、森の近くに落とした「ドロップファーム」というひと滴。甘い甘いトマトの味で人々を魅了しながら、水戸という水面(みなも)にこれからどんな輪を広げていくのか、期待は膨らむばかりだ。

(文…笠井峰子 │ 撮影…小泉慶嗣)

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水戸納豆製造の「四代目 からし」

水戸の新名産2
水戸納豆製造の「四代目 からし」

2017年の全国納豆鑑評会で優良賞に輝いた「四代目 からし」。大豆は北海道産の良質なスズマルを厳選して使用し、特別に選抜された納豆菌によって発酵させた自信作。大豆の風味を生かした、まろやかでこくのある味わいとしっかりした粘りが特徴。水戸市内では、「水戸納豆エクセルみなみ店」で購入可。自社のサイトでオンライン販売もしている。[お問い合わせ]水戸納豆製造株式会社 029-221-4281 http://www.mitonatto.com

四代目が果敢に取り組む納豆のR&D。

――伝統の名産品だからこそ新たな挑戦が求められる。共同開発によって実を結んだ、特別な大豆と納豆菌の話。

水戸といえば、納豆。名産の座は昔も今も揺るぎないように思えるが、消費者の嗜好性を捉えた商品を開発し続ける努力が欠かせないことは、他のジャンルと変わらない。約90年の歴史を持つ水戸納豆製造株式会社では、茨城県工業技術センターの協力を得て、高い品質と独自性が際だつ、個性的な商品開発に挑戦し続けている。

 水戸納豆製造株式会社(以下、水戸納豆製造)は、1929年から水戸市で納豆製造を続ける老舗企業だ。商品を食べたことがない方のために記すと、水戸納豆製造の納豆は、スーパーで見かける3個パックの納豆とはちょっと違う。納豆であることに変わりはないのだが、使用する大豆の品種の多さや、それぞれの豆の特徴を生かしたふっくらと食べ応えのある食感、深い風味などは、大量生産の商品とはひと味もふた味も違う、納豆の奥深さを感じさせるものだ。
 現在、水戸納豆製造の専務として実務を取り仕切る高星(たかほし)大輔さんがその背景を説明する。
 「以前は、うちでもスーパーなどに卸す日配品(毎日店舗に配送される食品)としての商品や、お土産用に一定の需要があるわら納豆を主力商品にしていたんです」
 しかし、アメリカ産やカナダ産などの安価な外国産大豆が普及したことで小売店主導の価格競争が起こる。
 「三代目社長である私の父は、国産大豆で質の高い納豆をつくりたいという強い信念を持っていました。そのため、価格競争には参加せず、品質重視の道を選ぶ決断をしたんです。以来、私もその方針を引き継ぎ、多品種・少量生産を続けています」
 水戸納豆製造の商品一覧を見ると、松の経木(きょうぎ)(木を紙のように薄く削ったもの)に包装された「経木納豆」、山形県産の紅大豆を使用し、鮮やかな紅色をした「(あか)ずきん」、豆の表面がうっすら霜が降りたように白く、豆の旨みが濃厚な「雪あかり」(2012年の全国納豆鑑評会で優秀賞受賞)、など特徴ある納豆が並ぶ。中でも今、いちばんのお勧めは、「四代目」。高星さん自らを示す言葉を冠したこの商品、〝からし〟つきと〝わさび〟つきの2種類があり、「四代目 からし」は、2017年の全国納豆鑑評会に出品され、見事優良賞を獲得した。
 「全国納豆鑑評会には、毎年全国から百点以上の納豆が出品され、それを、納豆製造関係者のほか、大学などの研究者、栄養士、文化人らが審査します。毎回非常に僅差の争いなので、受賞は本当にうれしかったです。この『四代目』は、北海道産の良質なスズマル大豆と、水戸納豆製造のために選抜された特別な納豆菌を使用してつくっているんです」
 特別な納豆菌。これは、前述した「紅ずきん」と「雪あかり」の商品開発時に発見された。

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よい豆との出会いを生かす、
納豆菌の専門家の技術

 納豆の原料となるのは、大豆と納豆菌のみ。大豆を水に浸して釜で炊き上げ、納豆菌を振りかけて発酵させるという製造工程は、どの納豆メーカーでもほぼ変わらない。味の差別化を図るには、黒大豆や大粒大豆など特徴的な大豆を使うことが求められる。
 「豆のヘソの部分が白い色をした宮城産のミヤギシロメは、東北の大豆問屋が紹介してくれました。赤い色が印象的な紅大豆は、百貨店の物産展に出店したとき、隣のブースにいた山形県の味噌屋さんが紹介してくれたんです。『地元の若い人たちががんばってつくっている豆なんだけれど、これで納豆できないか?』と。その鮮やかな紅色を見て、ぜひつくってみたいと思いました」
 ただ、原料にする大豆の種類によって、納豆にすると糸引きや粘りが弱くなってしまう、皮が残ってしまうなど、よい風味や食感を出すことが難しくなることも多いという。
 それぞれの色味を生かしたおいしい納豆をつくろうと意気込んでいた高星さんだが、製造の工程を工夫しても、満足のいく結果を得られずにいた。高星さんが振り返る。
 「打開するには納豆菌の専門家の手助けが必要だと思いました。それで、茨城県工業技術センターの久保さんに協力を仰いだんです」
 茨城県工業技術センターとは、県内産業の発展を目指して、食品や工業製品など多岐にわたる分野において技術開発のサポートを行う県の機関だ。同センターで地場食品部門の主任を務める農学博士の久保雄司さんは、食品の化学的な分析や微生物に関する分野を専門にし、特に納豆菌の研究においては数々の実績を持つ人物だ。これまでにも、海外需要向けの糸引きの弱い納豆菌や有色素大豆(黒大豆)に適した納豆菌の選抜や商品開発などを成功させ、特許も取得している。久保さんが説明する。
 「高星さんから、紅大豆の鮮やかな色味や味わいの良さを残すことが難しいと相談されまして、すぐに私の黒大豆用の納豆菌の研究成果が生かせるのではないかと考えました。納豆菌は自然界に存在し、とくに稲わらに多く付着しています。全国各地の稲わらを集め、そこから約60種類の納豆菌を採取・解析して、中から約10種類を選び試作を開始しました」

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 色味と風味がもっともよく仕上がる納豆菌を選び出す一方で、蒸煮する際の圧力など製造方法についても検討を重ねた。
 この紅大豆のために選りすぐった納豆菌をミヤギシロメに試してみると、こちらも相性がとてもよく、まるで淡雪をまとったような白い〝被り〟とまろやかな味を表現することに成功。美しい紅と白の色味を商品の見た目にも生かすため、パッケージには透明のプラスチック容器を採用することになった。
 ただ、納豆は、発酵前の状態で豆を容器に詰め、その後発酵させて仕上げる商品。見た目がよい容器でも、発酵の際に必要な保温性や耐熱性に欠けるものが多く、条件を満たす容器に出会うまで試行錯誤が繰り返された。
 こうしてついに完成した、有色素大豆の特性を生かした色味の美しい2つの納豆。それぞれに「紅ずきん」「雪あかり」という印象的なネーミングを施されたこの紅白の納豆は、水戸駅ビル「エクセルみなみ」への新規出店に合わせて発売され、店頭を華やかに彩った。

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豆の背景にある物語を
商品のブランディングに生かす

 現在、高星さんと久保さんは、紅、白に続く緑色の大豆を使った新商品開発に取り組んでいる。大豆問屋を通じて出会ったこの吉川在来という品種は、新潟県の在来種で、上越市尾神岳の麓でひっそりと生産されているという。気になる大豆に出会ったら、まずは生産地を訪れてみるのが高星さんの流儀だ。
 「地元の方々に聞き込みをしたら、もともとは尾神岳の中腹で暮らす住民が棚田の一角で自家用につくっていたもので、10年ほど前にある豆腐屋さんが目をつけて麓の畑で量産を試みたとのことでした。枝豆のようなコクのある味わいが魅力の、美しい緑豆です。これを納豆にできたらいいなと思いました」
 尾神岳は地元の方にとって信仰の山で、日本神話に登場する天岩戸(あまのいわと)伝説にまつわる言い伝えも残っているという。豆の背景にあるそういった物語を、高星さんは土地の空気感とともに記憶して、商品開発に注ぎ込む。
 「せっかく巡り会った豆を使って商品化するので、○○納豆というような個性のない名前はつけたくないんです」
 長く組んでいるデザイナーとともに、大豆の産地や豆そのものから連想されるキーワードをもとに、100案近くの名前を出し合って、相応しい名前を選んでいく。
 「名前を決めたら、次はそのネーミングを生かすようなパッケージデザインを検討していきます。すべてが決まるまでにだいたい半年くらいかかりますね」
 そして、味のほうは、もちろん今回も久保さんとタッグを組んで開発を行う。現在は、吉川在来の色と特徴的な味わいを生かすため、発酵を抑えて糸引きは弱めにする方向で進めているという。高星さんが続ける。
 「工場は日々の生産で手一杯ですし、少量だけ試作をするのは難しい。工業技術センターには小型の納豆製造設備があり、何より久保さんがいます。新商品の開発も、日々の改良も、久保さんとの密なやりとりなくしては今や成り立たないですね」
 と、厚い信頼を隠さない。一方の久保さんも、高星さんを始めとする水戸納豆製造のスタッフの誠実な姿勢を高く評価する。
 「高星専務を始め、皆さんとても誠実に品質管理に努めていると感じます。とくに、今の工場長は、毎日午前3時に工場に出勤して、製造環境を数値で綿密に管理していらっしゃる。そのため新たに開発した商品の味・品質もきちんと維持されています。頭が下がりますし、開発のお手伝いのし甲斐があります」

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 最後に、高星さんにこの先の夢について聞いてみた。
 「水戸納豆製造の店舗を増やしたいですね。納豆製造会社が駅ビル内に店舗を構えていることだけでも、全国的に非常に稀なことなのですが、今後も増やしていければと思います」
 自社のウェブサイトでインターネット通販にも取り組むが、対面販売で納豆づくりの想いを伝えることにこだわっていきたいという。
 「実店舗では試食もしていただけて、商品を前に直接お客さまと会話ができる。それが商品の付加価値を高めることにつながると思うんです。『四代目』が全国納豆鑑評会で優良賞に輝いたこともお客さまとの会話の糸口になると期待しています」

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 店舗拡大という大きな夢の実現のためにも、魅力ある商品の開発は今後も欠かせない。
 伝統的な水戸の名産品の座にあぐらをかくことなく、つねに今の時代に喜ばれる水戸の名産品としての品質を求めて、高星さんの商品開発の旅は続く。頼もしい開発パートナー、久保さんという旅仲間とともに。

(文…伊藤 梢、笠井 峰子 │ 撮影…小泉慶嗣)

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吉久保酒造の「純米大吟醸 一品」

水戸の新名産3
吉久保酒造の「純米大吟醸 一品」

世界最大規模の国際ワイン大会「サンフランシスコ・インターナショナル・ワイン・コンペティション」の2017年大会で、ワイン部門にエントリーし、上位49銘柄に贈られる「最高金賞」と審査員全員が金をつける「ダブルゴールド」を受賞した純米大吟醸。成田空港ANA国際線ラウンジでも提供されている。水戸市内では「京成百貨店」などで購入可。 [お問い合わせ] 吉久保酒蔵株式会社 029-224-4111 http://www.ippin.co.jp

若社長と社員杜氏二人三脚で挑む老舗酒蔵の経営革新(イノベーション)

――230年の歴史を持つ老舗が、杜氏も蔵人も正社員として雇用し、通年での商品づくりに取り組む。

吉久保酒蔵は、江戸時代に水戸藩の経済の中心地として栄えた水戸市本町にある。徳川光圀公の命で敷設された「笠原水道」の水で醸す酒は、水戸藩士にも愛されたという。その老舗酒蔵が、伝統の酒づくりを継承しながらも、その一方で多角的な商品開発を実践し、大きな成果をあげている。その背景と目的について取材した。

日本酒の仕込みは、新米が収穫される秋に始まり、翌年の春先まで続く。その半年間、杜氏や蔵人は1日も休むことなく、早朝から夕方までの仕込み作業に文字通り明け暮れるという。逆にいえば、酒蔵にとって杜氏や蔵人の手が必要なのは仕込みの半年間だけ。そのため、かつては多くの酒蔵で、いわゆる出稼ぎの職人を仕込みの期間だけ雇う「季節雇用」が採用されていた。
 しかし近年では、出稼ぎ職人たちの高齢化による人手不足が起こり、その対策として、杜氏や蔵人を社員として通年雇用する酒蔵が増えてきているという。水戸で約230年にわたって酒づくりを続ける吉久保酒造では、25年前からいち早く社員雇用に取り組み、将来を見据えて職人の育成に力を注いできた。
 2014年に杜氏の役を受け継いだ鈴木忠幸さんは、18歳で吉久保酒造に入社して以来24年間、酒づくりに専心してきた生え抜きの職人。日本最大の杜氏組合である岩手県「南部杜氏」の選考試験に最初の挑戦で見事に合格を果たした若き逸材だ。
 吉久保酒造の代表銘柄は「一品」。原料米を磨き上げ、江戸時代に徳川光圀公が敷設したことで知られる「笠原水道」の清澄な地下水で醸した、淡麗かつふくよかな旨みのある風味が特徴の酒だ。数年前から海外向けに特別醸造している「純米大吟醸 一品」は、2017年に開催された国際的なワイン品評会において、世界中からエントリーしたワインや日本酒など約4千300点の中から上位49銘柄に贈られる「最高金賞」を受賞。さらに、「純米酒 一品」とともに、審査員全員が「金」の評価をつけた銘柄に贈られる「ダブルゴールド」にも輝き、白ワインに勝るとも劣らないフルーティな味わいで高い評価を得ている。
 鈴木さんが杜氏になって以来、「一品」は全国新酒鑑評会でも4年連続金賞を受賞している。この鑑評会は、日本酒の味と香りを利きわける高い能力と、製造に関する詳しい知識を有する専門家が厳密に審査することで知られる。4年連続金賞受賞は、県内初の快挙だ。しかし、鈴木さんが原料や製法をとくに変えたわけではない。むしろ、吉久保酒蔵の伝統を忠実に引き継ぎ、日々、各工程で温度や酸度、アミノ酸などのデータを細かく記録・分析する作業を積み重ねることで、連続受賞につながる品質の維持向上を成し遂げている。

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職人の勘は、数字という
裏づけがあってこそのもの

 鈴木さんは、入社後、掃除や洗い物などの雑用から始めて、少しずつ仕込みの作業を覚えていき、やがて先々代、先代の杜氏から未来の杜氏候補として期待される存在になっていった。
 「先々代の杜氏には、酒づくりのおもしろさを教えてもらいました。アルコールができるメカニズムを知り、酒ができる工程を理解しながら酒づくりの基本を学んだことで、この仕事のおもしろみが増したんです」
 そして、先代の杜氏からは「数字」の大切さを学ぶ。
 「職人の仕事は、身体で覚えろ、というイメージがあると思うんです。でも先代の佐々木杜氏は、『日本酒づくりで勘と経験ほど危ないものはない』というのが口癖でした」
 (こうじ)(もろみ)の温度、水分量などのデータを測定し、明確な数値を基準にして状態を判断する。昔気質の風格ある親方ながら、「職人の勘は数字という裏づけがあってこそのもの」といい切り、味と品質を守るために論理的な思考を大切にする佐々木杜氏の姿勢から、鈴木さんは多くのことを学んだという。

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 5年前に12代目社長に就任した吉久保博之さんに、鈴木さんの杜氏として能力について聞くと、「計算力にすぐれていることと、舌が抜群にいいこと」を挙げた。たとえば、蒸米を仕込みタンクへ運ぶエアシューターの入口と出口の温度差を瞬時に見極めてスピードを調整したり、蒸米を広げてから麹室へ入れるタイミングを秒単位で判断したりと、仕込み作業中の鈴木さんの頭の中では、つねにフル回転で計算処理が行われているという。
 「正確なデータをとる作業はほかの蔵人にもできるが、そのデータを基に温度やタイミングなどの調整や判断をするのは、杜氏である鈴木にしかできない仕事です」
 そう吉久保さんは語る。その鈴木さんによる酒づくりが、吉久保酒蔵伝統の味にさらに磨きをかけた、とも。
 杜氏の命ともいえる大切な舌の感覚を鈍らせないために、鈴木さんは、仕込みのシーズンである冬場は味の濃い料理を避け、風邪をひかないよう体調管理にも細心の注意を払う。
 「もともと夜型の体質なので、9月ごろから早起きして生活リズムを変える準備をします。仕事を辛いと思ったことはないけれど、生活面での苦労は少しありますね」
 苦笑まじりにそう話す。個人的な用事や家族サービスは春と夏に集中して行い、秋、蔵の近くにある吉田神社の「例大祭」以降は、ひたすら仕込みの作業に打ち込む。そんな生活スタイルも、もうすっかり身についた。

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吉久保酒蔵の蔵人たちに、
団体競技経験者が多い理由

 現在、仕込みの作業に従事するのは鈴木杜氏も含めて5名。平均年齢は30歳と非常に若い。そして、彼らには若さ以外にも共通点がある。それは、5名全員が茨城県立水戸農業高等学校(以下、水農)出身者ということ。じつは、社長の吉久保さんも水農出身だ。吉久保さんが説明する。
 「鈴木は、水農時代に吉久保酒蔵の求人票を目にし、ものづくりを志して入社を希望したそうです。現在〝酛屋(もとや)〟(酒母づくり担当者)を務める添田は、私が水農卒業後に大学で醸造学を学び、教職課程の実習を母校で行った時の生徒なんです」
 そして、現在〝麹屋(こうじや)〟(麹の監理責任者)を務める石川さんは、吉久保さんが別の蔵での修行を終えて吉久保酒蔵に戻ったころ、酒づくりをやりたいと高校3年のときに訪ねてきた。
 「彼は、水農バスケ部の後輩でもあります」
 吉久保酒蔵では、25年前あたりから水農の卒業生を社員として採用し始め、現在の5名体制を整えていった。ちなみに、近年の採用基準としては、水農生であることに加え、スポーツ経験者であることも重視するという。しかも個人競技ではなく、サッカーやバスケットボールなど団体競技の経験者であること。理由を吉久保さんが明かす。
 「学校でチームプレイや合宿での共同生活を経験している者は、共同作業である酒づくりにおいて、よりいい酒をつくるということがどういうことか、すぐに理解します。自分のプレイがチーム全体に影響することがわかっているから、手を抜いたりすることは絶対にしません。その姿勢が染みついているように思います」
 時間との勝負が味を決める工程も多い酒づくりは、まさしくひとりではできないことを皆で成し遂げるチームプレイそのもの。その重要性を心と体で理解していることが何よりも大切で、酒づくりに関する知識は仕事を始めてから覚えればいい、と吉久保さんはいう。
 「ありがたいことに、受賞が続き吉久保酒蔵の知名度もあがってきたようで、入社を希望する人が訪ねてきてくれることがあります。『日本各地の日本酒を研究してきました』『自分の知識を酒づくりに生かしたい』といってくださるのですが」
 しかし、吉久保さんは、そういった入社希望者を丁重にお断りしている。
 「知識ではなく、志を大切にしたい。信頼しあえる仲間で酒づくりを続けていきたいですから」

5-6

新たな酒づくりへの挑戦が、
老舗酒造の伝統を守る

 「鈴木杜氏は、うちの会社の宝です」

 吉久保さんは鈴木さんのことを躊躇なくこう表現する。一方の鈴木さんも、5歳年下の若き社長を〝かけがえのない同志〟と呼ぶ。だからこそ、5年前、吉久保さんが社長に就任した際に打ち出した「これからは研究開発型の酒蔵になろう」という方針に、鈴木さんは強く賛同した。新たな酒づくりにも積極的に取り組むことが、結果的に酒蔵の伝統を守ることにつながるという、吉久保さんの考え方が腑に落ちたからだ。
 以前から吉久保酒蔵では、日本酒の仕込みの手が空く夏期に、新商品の開発に取り組んではいた。が、鈴木さんが杜氏に、吉久保さんが社長になったことで、開発は一気に加速する。
 その成果のひとつが、3年前に開発した「超辛」。どこまで辛口にできるかに挑戦しつつ、鈴木さんの判断のもと〝旨み〟とのバランスもとれた辛さの頂点を目指した。試作の700本が好評だったことから、さらに改良を重ね、現在では4千本を仕込んでいる。
 また、日本酒のほかにも、「一品」をベースにした梅酒の「水戸梅酒 一品」や、マッコリ「うさぎのダンス」なども製造。とくに「水戸梅酒 一品」は、全国梅酒品評会2017において、全カテゴリー中の頂点である「最高金賞」に輝いている。
 「市場のニーズ、人の趣味嗜好は変わるもの。伝統の看板を守りながら、中身を時代に合わせて向上させていくべきだと考えています」
 そう語る吉久保さんは、市場調査にも余念がない。日本酒を普段たしなまない女性に試飲を依頼して感想を聞き、日常飲む酒をリサーチする。そうして目指すのは、「もっと楽しんでもらえる酒」をつくることだ。
 「楽しんでもらえる酒をつくるには、酒づくりを楽しむことが大切です」
 吉久保さんの言葉を、鈴木さんが引き継ぐ。
 「酒づくりが好きで、一生懸命な仲間たちが揃っている今の吉久保酒蔵の環境はほかでは得がたいもの。笑顔と会話を大切に、皆で酒づくりを楽しみ続けていきたいですね」
 仕込み中の真剣な表情から一転した、柔らかな笑顔と穏やかな口調の中にも、〝同志〟である吉久保さんへの強い信頼と、鈴木さんの杜氏としての信念がにじみ出る。
 最後は、吉久保さんと同じ言葉を使い、この日いちばんの笑顔で締めくくった。
 「楽しくつくったお酒はきっと、おいしいお酒になります」

(文…伊藤 梢 │ 撮影…小泉慶嗣)

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ハートフルファーム土の香の「いちご」

水戸の新名産4
ハートフルファーム土の香の「いちご」

完熟状態で収穫され出荷されるハートフルファーム土の香のいちご。十分な甘みと爽やかな酸味のバランス、濃厚な味わいが特徴だ。写真奥に写るのは、ハートフルファーム土の香の冷凍いちごを使ってつくられるサザコーヒーの「いちごシェイク」。「いちごシェイク」は、「エクセルみなみ」にあるサザコーヒー水戸駅店ほか、水戸市内のサザコーヒー各店(水戸京成店、水戸芸術館店、茨城大学ライブラリーカフェ店)で味わえる。

いちご農家と地元企業の、甘くてムダのない理想の関係。

――完熟したいちばんおいしい状態で出荷することにとことんこだわる、気骨あふれるいちご農家の奮闘記。

古くは水戸徳川家に献上する作物の産地であった、水戸市中河内町(なかがちちょう)でいちご農家を営む八木岡岳暁(たけ あき)さん。彼が栽培するいちごは、完熟まで実らせることで得られる濃厚な甘味とひと際鮮やかな赤い色が特徴だ。いちごを完熟の状態で収穫して出荷すること、そして、余ったいちごも決して廃棄しないこと、このふたつを貫き続ける八木岡さんの、山あり谷あり、笑いと涙ありの奮闘記をお届けする。

 水戸市中河内町は、古くは水戸徳川家に献上する作物の産地として栄えた肥沃な地。この地で代々農家を営む八木岡家の6代目である八木岡岳暁さんがつくるいちごは、豊かな土とミネラルを豊富に含む地下水に加え、八木岡夫妻の愛情に満ちた丁寧な管理によって、甘くて濃厚な味わいを持った、輝くような赤い実をつけることで知られる。その味と色彩は、県内外の菓子職人たちを魅了する。

6-2

子どものころから
農業は好きじゃなかった

 八木岡さんの父の裕一さんがいちご栽培を始めたのは、20年ほど前のこと。それまでは祖父から引き継いだ畑で路地栽培の野菜などを生産していたが、ハウスでいちごをつくり始め、やがて周囲から「いちご名人」と呼ばれるまでになった。
 その名人の長男として生まれた八木岡さんは、跡を継ぐべき立場であったが、東京の大学へ進学し、そのまま都内で就職。プログラマーとして働き始めた。
 「子どものころから家の手伝いは好きじゃなかったし、農業によいイメージを持っていなかったんです」
 しかし、時代が移り変わり、健康志向や食の安全性への意識が高まってくると、八木岡さんが暮らす都心でも産地直送の農産物などを販売するマルシェが急に増え始めた。このころから父親のつくるいちごの評判が気になりだしたという。
 「試しに父のいちごを都内のマルシェに出品してみたんです。そうしたらすごく好評で。こんなに喜んでもらえるいちごを途絶えさせていいのかと考えるようになりました」
 東京へ出て9年。職場で出会った美雪さんと結婚し、ふたりの子宝にも恵まれていた八木岡さん。自営業への不安はあったものの、Uターンして就農することを真剣に目指すようになる。美雪さんの賛同も得て、しばらくは会社勤めを続けながら、休日はマルシェに出店したり、農家の跡継ぎや新規就農者の集い「こせがれネットワーク」に参加して、経営戦略を練る日々が続いた。
 そのころ、たまたま参加した東京ミッドタウンのマルシェで、八木岡さんは日本を代表するパティシエのひとり、鎧塚俊彦さんと出会う。シェフと生産者によるコラボレーション商品をつくる企画のプレゼンテーションがあり、そこで八木岡家のいちごが鎧塚シェフに見染められたのだ。
 「鎧塚さんがうちのいちごをとても気に入ってくださり、その場で契約を結ぶことができたんです。これは私にとってとても大きなことでした。鎧塚さんは、そのあとすぐに農園を見にきてくださり、それ以降も毎年足を運んでくださいました」
 就農を決心した時点で、自分たちのいちごの価値を高く認めてくれる顧客を得るという、たいへんな幸運を手に入れた八木岡さん。地元へと戻り、意気揚々といちごづくりを始めた。

6-3

中河内町の土の香りが
染みついているから

 八木岡さんは自らの農園を「ハートフルファーム土の香」と名づけた。そこにはこんなストーリーがある。
 「中河内町の若者たちは、僕も含めて、東京へ出たけど地元へ戻ってくる人がなぜか多くて。近所のおじさんに『なんでだろうね』って聞いたんです。そしたら、『土のにおいが染みついてるからだっぺ』って」
 その言葉が、八木岡さんの心にすとんと落ちた。
 「確かに東京で暮らしていても、季節のにおいや土の香りを感じて、故郷の風景が浮かぶ時期が必ずあったんです。おじさんの言葉は、その感覚をまさに言い表していました」
 八木岡さんの脳裏に染みついている土への想いは、そのまま彼のいちごづくりにも反映される。海藻や魚、カニ、炭、ツバキ油などさまざまなものを肥料として与えるのは、「いちご名人」と呼ばれる父の農法を参考にしたやり方。
 「おいしいいちごをつくるために何よりも大切なのは、元気で健やかな土。この土地は、もともとの土壌が素直だから、手をかけた分だけいい土になります」
 土に与える地下水は、マグネシウムやカリウムなどミネラル分を豊富に含み、土壌を豊かに保つ。
 「いちごは素直な作物だから、いい土をつくればそれに応えてくれるんです」
 いちごの株は根元に菌を持つことが多いため、土壌の消毒も重要な工程となる。八木岡さんは、毎年夏場になると太陽熱を利用した土の殺菌・消毒を欠かさずに行い、農薬に頼らない土づくりを実践している。

謝罪に追われて、
電話を恐れた日々

 就農1年目から10件以上の取り引き先を確保し、ひと安心していた八木岡さんだが、ほどなくして直接取り引きの出荷の難しさに直面する。
 「いちごの需要が極端に高まるのが12月のクリスマスシーズンです。大きさや形の要望が偏るため、お客さまの希望に沿った品を出荷することができなかったんです」
 謝罪に追われ、電話が恐ろしくなり、いちごのパック詰めを担当する妻との関係もギスギスしたものに。
 「市場を通さない出荷の難しさを思い知りました。でも、やっぱり自分のいちごは直販でいきたいという気持ちまでは変わりませんでした」
 八木岡さんは意を決して取り引き先を絞り、収穫状況にあわせた納品ができる顧客との関係づくりを模索していく。そうしていくうち、妻との関係も元どおり良好なものに。
 「いちごづくりは、1年に13か月が必要といわれるくらい作業量が多いんです。うちのように夫婦ふたりでやっているようなところは、喧嘩すると出荷にダイレクトに影響が出てしまう。忙しい時期もふたり楽しく仕事ができるような環境を、これからも工夫していかないとです(笑)」

6-4

完熟冷凍いちごを
惜しみなく使う新商品

 八木岡さんはなぜ直接取り引きを貫くのか。その理由のひとつが、味のピークで出荷することへのこだわりだ。
 「鎧塚さんが農園を見学したとき、ヘタのところまで赤いいちごを見て驚いていました。『こんなに熟した状態で出荷できるの?』って。その状態の味が抜群なんです。私は一番おいしいいちごを売りたいんです」
 しかし、収穫の最盛期は3月から4月にかけてで、需要のピークとずれができ、余剰が生じる。
 「始めたときから廃棄処分をゼロにすることは心に決めていたんです。丹精こめてつくったいちごですから」
 そこで八木岡さんは、いちごを冷凍にしてアイスにする、スライスして天日干しにするなど加工品づくりに挑戦する。が、到底いちごづくりの片手間にこなせる作業量ではなく、アイスの製造を専門業者に委託し、ほかについては諦めていた。
 そんなときに現れた救世主が、地元の人気企業、サザコーヒーだった。オリジナルのコーヒー豆を販売するほか、雰囲気のある落ち着いた喫茶空間で上質な飲み物と食事を提供するこの企業が、夏場向けに地元作物を使った冷たい飲料の開発を企画していたのだ。八木岡さんの冷凍いちごはうってつけの素材。完熟状態で収穫されたいちごを惜しみなく使ういちごシェイクの開発が始まった。
 「これが、本当にびっくりするくらいおいしくて、衝撃を受けました」
 いちごの味を知り尽くす八木岡さんが絶賛する出来栄えのいちごシェイク。2013年にメニューに加わると、県内各店舗はもとより、東京の二子玉川店などでもヒット。以来、生で出荷する分以外は、すべて冷凍にしてサザコーヒーへ納めるようになる。こうして八木岡さんの「廃棄いちごゼロ」の念願が叶った。
 両者の「いい関係」はさらに続く。いちごシェイク発売の翌年には、ケーキ用に生のいちごの取り引きも始まり、八木岡さんのいちごを使った「カステラショートケーキ」が誕生。これも完売続きの人気商品に。ケーキ製造部のチーフを務める宮崎健二さんは、八木岡さんのいちごをこう評する。
 「皮が薄くて、歯触りがすごくやさしいんです。土づくりへのこだわりや減農薬栽培も、サザコーヒーの姿勢とぴったり重なります。本当に1粒1粒を大事に使っています」
 率直な言葉に、八木岡さんは照れ笑いを隠せない。
 「生産者冥利につきるとはこのことですね!」
 そういって、この日特別に宮崎さんが自ら運んでくれたいちごシェイクを、満足そうに飲みほした。

(文…伊藤 梢 │ 撮影…小泉慶嗣)

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ドメーヌ水戸の「水戸ワイン」

水戸の新名産5
ドメーヌ水戸の「水戸ワイン」

ドメーヌ水戸が醸造開始2年目に発表した「水戸ワイン」は、水戸産のアーリースチューベンを使用した赤ワイン。フルーティで飲みやすい仕上がりだ。2017年はこの「水戸ワイン」のほかに、山形県産のデラウェアを使用した白ワインも発表。「水戸醸造ワイン」(ヴィニフィエ・ア・ミト)として発売され、フレッシュさのあとに奥深さを感じさせる仕上がりでこちらも人気だ。水戸市内では「京成百貨店」などで購入可。 [お問い合わせ]ドメーヌ水戸 http://domaine-mito.jp

水戸の「まちなかワイナリー」だからできること。

――農業大国・茨城県の特性と、県都・水戸の利便性の両方でファンを増やす。小さなワイナリーの大きな夢。

2016年に生まれた「まちなかワイナリー ドメーヌ水戸」は、その名の通り、水戸のまちの真ん中にできたワイン醸造所だ。地元酒店の子息が、東京の大学や就職先で得た知識、交友関係を生かし、日ごろから水戸の活性化への想いをともにする仲間たちと発足させた。ワインツーリズムにも積極的に取り組み、県内外から人を巻き込みながらワインづくりに励む、新しいワイナリーの姿を追う。

 かつてワインといえば海外産のものが主流だったが、今では国内の醸造所にも熱い視線が注がれるようになり、飲食店や販売店などで日本産のワインを楽しむ人が増えているという。2018年10月からは、法律で「日本ワイン」というジャンルの定義が厳格に規定されるなど、国産の原料を使い、国内で醸造されるワインへの関心はますます高まりつつある。
 そんな中、水戸に誕生したのが、水戸で初めてのワイン専門醸造会社となる「まちなかワイナリー ドメーヌ水戸」だ。農業大国である茨城県の特性と、水戸という県都の利便性の両方を生かすことをコンセプトに立ちあげられた。代表取締役を務める宮本紘太郎さんに、水戸でのワインづくりに懸ける想いを聞いた。

7-2

震災で傷ついた水戸を
元気にしたい想いから

 宮本さんは、水戸の繁華街・大工町で酒店を営む家に生まれた。水戸の高校を卒業した宮本さんは、東京農業大学の農学部醸造学科に進み酒づくりを学ぶ。その後、海外食品を扱う商社に就職し、輸入ワインの卸売りや直営店での販売を経験。2009年からは実家に戻り、父とともに宮本酒店を経営していた。そんなある日、東日本大震災が起こる。
 「震災でうちの店もかなり被害を受けましたが、水戸のまちを見るともっと傷ついた所がたくさんあって、なんとか元気にしたいという想いが募りました。それで、酒店の仕事をしながら、仲間たちと地元商店街で野菜の朝市を開いたりしていたんです。その延長で、加工品もつくろうという話が盛り上がり、小規模からでも始められるワイン醸造に取り組んでみようということになったんです」
 消費地となる水戸市内で醸造ができれば、この地でつくったワインを、レストランやイベントなどで直接消費者に提供することができる。まさに水戸の特性を生かした「まちなかワイナリー」。この魅力を発信できれば、市外、県外の人たちを水戸に呼び込むことが可能だと考えた。
 さっそく、宮本さんは、日本のいくつかの場所で先行していた市街地型ワイナリーの視察に向かう。とくに、商社勤め時代の取り引き先のひとつ、大阪の「島之内フジマル醸造所」からは、事業運営についての多くのことを学んだという。
 こうして事業実現への手ごたえを得た宮本さんは、以前からまちの活性化に取り組んできた仲間たち──地元の飲食店の店主たちや酒店のオーナー、税理士ら全10名で、ついにワイン醸造会社を設立。醸造所は、地域の集会所やイベント開催場として親しんできた「泉町会館」の一角を借りてつくることに決める。8・5坪のスペースは広くはないが、そこになんとかヨーロッパから取り寄せた葡萄の圧搾機、熟成樽などを搬入し、2016年8月、「まちなかワイナリー ドメーヌ水戸」がスタートした。
 ちなみに、ドメーヌとは、フランスのブルゴーニュ地方で葡萄栽培からワインの醸造・販売まで一貫して行う生産者を指す言葉。今は完全なドメーヌではないが、将来の夢を込め、宮本さんはこの言葉を社名に冠した。

7-3

葡萄づくりにも
積極的に取り組む

 地元で採れた葡萄を、地元で醸造することを理想に掲げる宮本さんは、JAなどの機関に相談しながら、水戸市の農業学校や生産者に働きかけ、ヴィンヤード(葡萄畑)の確保にも動く。宮本さんが説明する。
 「最近は日本のワイン関連の出版物でも、醸造者だけでなく、葡萄の生産者がクローズアップされることが増えてきています。葡萄の品質はワインの味に大きく影響します。葡萄の生産者が注目されるようになれば、おいしいワインをつくるために、できるだけ高品質な葡萄を育てる生産者が増えていくと思う。茨城の農業にとってもいい方向にいくのではないかと思っています」
 そもそもワイン文化とは、味を比較して優劣をつけるものではないという。どんな品種の葡萄が、どういう気候風土の土地で育てられ、どんな想いを込めて醸造されたか──これらの条件をひっくるめてフランス語でテロワールと表現するそうだが──そこに思いを巡らせ、その土地ならではの味を楽しむものだという。
 「だから、ワインには、ほかのお酒より高い付加価値をもたせられると思うんです。ドメーヌ水戸のワインも、水戸の風土や文化、つくり手の人柄などが合わさって個性が醸される。そこを楽しんでもらえるようになれば」
 現在、ドメーヌ水戸では、水戸市内のふたつのヴィンヤードと、水戸の北方に位置する常陸太田市の農園の葡萄を主として使用している。

7-7

 「葡萄には、大きくわけてヨーロッパ系のワイン専用品種の〝ヴィニフェラ種〟と、アメリカ系でおもに生食やジュースに用いられる〝ラブルスカ種〟があります。海外のワインでおなじみの、カベルネ・ソーヴィニオンやピノ・ノワールなどは、すべてヴィニフェラ種です。この種は温暖で乾いた気候では放っておいてもよく育つのですが、日本のような湿度の高い土地では育ちにくく、カビなどにやられてしまうことが多い。今は畑で試行錯誤している状況です」
 現状では、ラブルスカ種を醸造に使うことが多いが、生産農家の協力を得て、水戸や水戸近郊でもなんとかヴィニフェラ種の生産量を増やそうと、宮本さんは自ら研究に取り組み、栽培技術の確立を模索している。実際、大量ではないが、水戸のヴィンヤードで収穫したピノ・ノワールの醸造にも成功している。
 「水戸の気候に合った品種や栽培法を生産者の方々と研究しながら、ヴィニフェラ種の葡萄の収穫も増やしていきたいですね」

7-4

地域にいかにして
コミュニティをつくるか

 そもそもドメーヌ水戸の発足は、水戸のまちの活性化につながる事業を、という想いが端緒となっている。そのため、宮本さんは、ワインづくりを通じて市内外、県内外の人たちを巻き込むことにも労を惜しまない。
 ドメーヌ水戸では、「ひとくちオーナー制度」と呼ばれる、1口1万円からの寄付を毎年2月から募っている。この寄付の特典として、新酒お披露目会への招待のほか、水戸市内もしくは近郊での葡萄の収穫と、その葡萄を使っての醸造体験の提供──いわゆる「ワインツーリズム」を実施しているのだ。しかも、そこで仕込んだワインが、後に2本、自分の手元に届くというからなかなか魅力的な内容だ。宮本さんが説明する。
 「地域の人たちをいかに取り込み、コミュニティをつくっていけるかが地域活性の鍵だと思います。私たちは、消費者との距離をできるだけ縮めて、皆さんにどんどん事業に関わってもらっています」
 学生時代や商社勤め時代に培った、非常に幅広い人脈を持つ宮本さん。そのネットワークをフルに生かしながら、持ち前の行動力でドメーヌ水戸に関わる人を増やしていく。ひとくちオーナーのほかにも、県内の大学生たちとワインづくりをテーマにしたプロジェクトチームを立ち上げたり、都内で行われるイベントにも積極的に参加したりすることで、消費者参加型のワインづくりを実践する。
 「消費者と醸造所が近づけば、もっとワインが身近になり、ワイン文化が醸成されていくと思う。何よりこうしたイベントを通じて水戸に足を運んでもらう機会ができれば、水戸のまちを知ってもらい、ファンを増やすことができます」

7-5

華やかに開催された
2回目の新酒お披露目会

 2017年11月3日、水戸市内のホテルでドメーヌ水戸の2回目となる新酒お披露目会が開かれた。昨年は泉町会館が会場だったが、今年はホテルのレストランを貸し切っての開催だ。会場には、ひとくちオーナーを始め、葡萄の生産者や大学生、商店街のメンバー、そしてドメーヌ水戸に地域活性の期待を寄せる地元政治家など、この1年間にドメーヌ水戸に関わった人たちが集まった。

7-6

 この日披露されたワインは2種類。水戸産のアーリースチューベンを醸造した赤ワインと、山形県産のデラウェアを使用した白ワイン。赤はフルーティで飲みやすく、白はフレッシュさのあとに奥深さを感じさせる仕上がり。国産のワインの表示ルール改正を見据え、水戸産の葡萄を仕込んだ赤ワインは「水戸ワイン」、県外産の葡萄を使用した白は「水戸醸造ワイン」(ヴィニフィエ・ア・ミト)として発表された。
 「こうして2種類の新酒を皆さんにお披露目できて少しほっとしています。これからも研究を重ねて、技術の向上に努め、皆さんと一緒に水戸のワインを全国に広めていきたい」
 新酒発表を祝う幸せな空気に包まれた会場で、宮本さんはそう挨拶をした。
 安堵できるのもつかの間。明日からはまたひとり何役もの仕事をこなす慌ただしい日々が続く。が、宮本さんの表情は晴れやかだ。ドメーヌ水戸のワインが、人々に幸せな時間をもたらすことを、2年目を迎えたこの日もたしかに感じることができたから。ワイングラスを傾けて楽しげに語り合う仲間たちの最上級の笑顔が、明日からのワインづくりへと、また宮本さんを駆り立てる。

(文…海藤 和恵、笠井 峰子 │ 撮影…小泉 慶嗣、大谷 健二)

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JA水戸 TSUNEZUMI 麺'sの「穂々の空」

水戸の新名産6
JA水戸 TSUNEZUMI 麺'sの「穂々(ほほ)の空」

コシヒカリの米粉から製造した米麺。小麦を原料にした麺とは異なり、粘り気の少ない軽やかな食感と米そのものの旨みが味わえるのが特徴。同じ米粉を使ったベトナムのフォーに比べて麺の厚みがある分、米の風味をより楽しめる。クセがないので和洋中の料理で活躍する。水戸市内では、JA水戸各直売所で3個入り、9個入りを販売。新商品ペンネも加わった。[お問い合わせ]JA水戸常澄センター 029-269-2430

米どころの青年農家たちが出資して始めた米麺(こめめん)づくり。

――自慢のおいしい米をもっと広めたい。若き農家たちの地元愛が生んだ、新事業への汗と涙と笑顔のチャレンジ。

水戸市の東端にある常澄(つねずみ)地区といえば、どこまでも続く田んぼと青い空がトレードマーク。地元で獲れる米を誇りに思う地元JA青年部の有志たちは、自慢の米の良さをもっともっとアピールしたいと考え、六次産業化に取り組むことを決意。それぞれが独立した農家でありながら、皆で出資して工場を建て、本格的な商品開発に臨んだ彼らの〝米麺づくり〟は、どのようにして進み、実現までこぎつけたのか。

 稲穂が波打つ見渡す限りの水田と、どこまでも続く青い空、そして、その間を仕切るように水平に延びるローカル線の高架──水戸の市街地から東に向けて車で20分ほど走ると、水戸の米どころ、常澄地区の穏やかな田園風景にたどりつく。
 この一帯で農業を営む、JA水戸青年部常澄支部所属の20代から50代までの23名が、TSUNEZUMI麺's(以下、常澄メンズ)という生産部会を立ち上げ、米粉(こめ こ)を原料とする米麺(こめめん)の製造販売を開始し、PRに努めている。JA水戸青年部常澄支部の支部長であり、常澄メンズの代表を務める久野一紘さんに話を聞いた。

8-2

地元の米の消費量を
なんとか増やしたい

 「今は日本の米の消費量がどんどん減少していっています。常澄といえば、オリジナルの米ブランドを持つほどの米どころ。なんとか地元の米の消費を増やせないかと考えていたとき、米粉を使った加工品づくりに取り組んでみないかと声をかけられたんです」
 JA水戸青年部として農業の六次産業化(第一次産業が食品加工・流通販売にも展開する経営形態)に注目していた時期でもあり、皆で挑戦してみることになった。さっそく市内の調理学校に協力を仰ぎ指導を受けながら、JAの調理室を使って手打ちの米麺づくりを開始した。
 「まずまずの味に仕上がりました。ですが、手打ちですから。量産できるものではまったくなかった。当時はまだ気軽な気持ちでした」
 そう久野さんが振り返る。
 やがて周囲から事業の進捗状況を尋ねられるようになる。期待を寄せる人たちの中には、小麦アレルギーで麺類がまったく食べられない子どもを持つ親御さんもいた。
 「子どもに米麺を食べさせたいという声を聞くとね、役に立ちたいという想いが強くなりました。その一方で、『どうせできないんだろう』というような声もあって。いずれにしてもこれは絶対にやらないと、という気持ちになりましたね」
 決意を新たにした久野さんたちは、あらためて米麺づくりを一から研究し直す。2016年の春先には、製粉協会が開催する都内のセミナーに参加し、そこで、米粉の専門家、萩田敏氏と出会った。
 「萩田先生との出会いは本当に大きかった。麺にするのに適した米の種類、製法や機械についてもいろいろと教えていただきました」
 萩田氏から島根県と岐阜県の米麺生産者を教えてもらった久野さんたちは、視察も敢行。商品化された美しい米麺を目の当たりにし、ますます事業化への熱意が湧き上がってきたという。
 「同時に、事業化にはお金が相当かかることがわかったんです」

8-3

30代の若手たちが
積極的に関わるように

 2016年の夏には、先に申請していた補助金を使い、JA常澄の敷地内に、8坪の加工工場が完成する。
 「機械を入れる段階でもうお金が全然足りないんです。県の補助金を受けても7百万円くらい不足する状況で。これは、自分たちで出資するしかないと、覚悟を決めました」
 久野さんは、あらためて青年部のメンバーに事情を説明し、出資者を募る。すると、ほぼ全員が快く賛同。さらに、JA水戸の職員である竹林光晴さんと深作久男さんもメンバーとして参加することに。竹林さんがその理由を説明する。
 「僕は、JA水戸の職員として県内外のいろいろな青年部を見ていますけれど、常澄はとりわけまとまりがあり、勢いのある支部で。僕自身も六次産業化に興味がありましたし、なんとかこの事業を成功させたいと強く思ったんです」
 残りの不足資金は、常澄メンズがJA水戸から借り入れることで補てんした。さっそく機械を発注し、納入されるまでの間は、デモ機を借りて試作を開始。久野さんが振り返る。
 「最初は、麺にしやすい専用品種を栽培して、それを米粉にしてやってみたんです。ただやっぱり、もともと自分たちの農業を盛り上げたいというところからスタートしているので、違和感があった。少し難しい方法を選択することになっても、最初の信念を変えずにコシヒカリで成功させようと思いました」
 それからは、ひたすら試作と会議の日々が続く。皆が本業の農作業を終えてからの米麺づくりとなるため、19時ごろに開始し、日付が変わるまでの作業が連日続いた。
 その甲斐あってようやく満足のいく米麺が完成。商品名は常澄の風景を連想させる「穂々の空」に決め、2016年の10月、記者発表にこぎつける。水戸市の産業祭でも販売し、いよいよ市内の店舗に卸そうとしていた矢先、大きな壁がたちはだかる。
 「賞味期間の問題にぶつかりました。商品として販売するには、おいしいだけでなく、日持ちするものにしなければいけない。そこをクリアするのに相当な時間を費やしました」
 賞味期間検証のため、2017年4月発売の予定が9月にまで延びてしまった。久野さんが振り返る。
 「あのときは本当にがっくりきました。やっと理想の麺ができて、さあこれから売るぞ、というときだったので、心が折れそうになりました」
 ただ、その経験によって、米粉の水分量や湿度などの細かな条件が米麺づくりに影響することがわかり、調整する技術を修得することができたという。また、検証作業を行う中で、30代の若手たちが、より自発的に、積極的に米麺づくりに関わるようになったことも大きな収穫だった。
 賞味期間の問題も無事に解決し、「穂々の空」のラインナップには従来の3個入りのほか、9個入りの贈答用や家庭用、さらにペンネも加わった。開発に時間をかけたその味は、小麦の麺と異なり粘り気の少ない軽やかな食感と、ベトナムのフォーに比べ米そのものの風味がふわっと口の中に広がるのが特徴だ。クセがなくどんな料理にも合い、すでに水戸市内の中華料理店「炎神(アグニ)」やビストロ「マロン」などでグランドメニューとして提供されている。

8-4

 「明日も都内に営業に行くんです」
 開発を終えた久野さんたちは今、販売先の開拓に奔走する日々を送る。
 「ここまで本当に皆でひとつずつ壁を乗り越えてきたので、振り返るとなんともいえない感慨があります。誰もやめようといわなかった。心の中では思っていたかもしれないけど、口にした人はひとりもいなかった」
 自分たち自身が出資していることも大きかっただろう。が、何より、愛する地元常澄の農業のためという想いが、全員の心に強くあった。 「味は日本一ですよ!」と久野さんたちが胸を張るこの米麺が、これから彼らの自慢の郷里、〝常澄〟の名を全国に広めていく。

(文…笠井 峰子 │ 写真…小泉 慶嗣)

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名産品で水戸を味わう
伝統のお土産品から新たな人気商品まで

県都水戸には地域自慢の味が勢ぞろい!

県都である水戸には、近隣のひたちなか市や那珂市、大洗町も含めたこの地域の美味が集まります。今号の特集に登場いただいた各生産者の皆さんに、市外・県外への営業の際などによく利用するお気に入りの手土産を聞き、中でも人気の16点をご紹介します。

地図

名産品取扱店 1
水戸ドライブイン ひたちの里

常磐自動車道水戸ICそばにある“旅の駅"


名産品取扱店 2
見晴亭(みはらしてい)(偕楽園売店)

偕楽園東門のすぐそばにある名産品店


名産品取扱店 3
京成百貨店

創業110年、水戸を代表する百貨店


名産品取扱店 4
エクセルみなみ 3F

水戸駅ビル内の名産品売り場


名産品取扱店 5
エクセルプラムストリートおみやげやプラム水戸

水戸駅ビル内の名産品売り場


百年梅酒

長期間熟成の芳醇な香り

国産青梅「白加賀」を100%使用。長期間熟成後、ブランデーとハチミツで風味豊かに。受賞歴多数の名酒。

明利酒類


わら納豆

伝統の極小粒大豆の味わい

茨城の農家がつくった稲わらの中で発酵させた納豆は、わらの香りが染み込み、旨みが濃い。2016年いばらきおみやげ大賞最高金賞。

水戸だるま納豆


茨城県産 大粒大豆 たちながは わら納豆

大粒ならではの濃厚な風味

県産大粒大豆「たちながは」を使用。濃厚な風味と食べごたえは大粒ならでは。細かくたたいて納豆巻きに、すり鉢ですって納豆汁に。

水戸元祖天狗納豆


丸カップ入り納豆

良質大豆の旨みが生きる

厳選した国産大豆ならではの旨みがある。食べやすいカップ入り。2015年全国納豆鑑評会で優秀賞・農林水産省食料産業局長賞。

水戸天狗納豆笹沼五郎商店


常陸野ネストビール

英で世界チャンピオンに

世界で数々の受賞歴を誇る、老舗酒蔵が製造するクラフトビール。中でも「ホワイトエール」は苦みを抑えたスパイシーな香りが女性に人気。

木内酒造


サントモール(チーズ)

ヤギ乳100%の自慢のコク

木炭の粉をまぶしたヤギ乳のチーズ。まろやかな舌触りが特徴。ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト金賞。

森のシェーブル館


紫錦梅(梅干し)

徳川斉昭公の味を再現

材料は、偕楽園産の梅の実、塩、シソの葉のみ。水戸藩9代藩主徳川斉昭公が考案したという製法で酸味と塩味の利いた素朴な味を再現。

根本漬物


こだわりの梅干し 八代目

高級梅の風味を凝縮

品質の高い「南高梅」を、にがりとミネラルが豊富な「赤穂の天塩」で漬けた八代目店主の自信作。無添加で塩分を10%に抑える工夫も。

吉田屋 ume cafe WAON


徳川将軍珈琲

慶喜公子孫との出会いから

徳川慶喜家4代目・徳川慶朝氏との出会いから生まれたインドネシア産深煎りコーヒー。ワインのような濃厚なコクと繊細な甘さが特徴。

サザコーヒー


海風ほしいも

海風と天日干しが育む甘み

サツマイモ「玉豊」をひたちなか市阿字ヶ浦で天日干し。冬の海風を受け軽やかな甘さに。2016年いばらきおみやげ大賞最高金賞。

幸田商店


お茶葛餅

上質茶の風味を和菓子に

京都宇治の抹茶や深蒸し煎茶などの微粉末を餡に練り込み、「吉野本葛」で包んだ和菓子。2017年接待の手土産セレクション特選。

茶舗牧ノ原


焼き菓子

本場仕込みの焼き菓子

フランスのアルザス地方で修業したシェフが、地元茨城産の新鮮な果物など、使用する素材にこだわり抜いてつくるフランスの伝統菓子。

フランス菓子Maison Weniko


水戸三十五万石(瓦煎餅)

水戸藩に因んだ素朴な煎餅

水戸藩三十五万石に因んだ焼き印が押された瓦煎餅。パリッとした軽い歯ごたえと抑えた甘みが特徴。委託販売のため、在庫の事前確認を。

菓子処ほりの


みやびの梅

青梅を丸ごと包んで

蜜漬けした青梅を丸ごと白あんと求肥でふんわり包み、ほのかな甘みとさわやかな風味に仕上げた。第20回全国菓子博名誉総裁賞。

亀印製菓


ほっしぃ~も

干し芋が香るパイ

自然の恵みをたっぷり受けた茨城名産の干し芋を加工し、パイ生地で包み香ばしく焼き上げた菓子。自然な甘さは後を引くおいしさ。

お菓子のきくち


梅吹雪最中

梅の花をかたどった最中

こだわりの餡は、北海道の大納言と白手亡豆を丹波の寒天と最高級の砂糖で煉り上げたもの。つぶし餡2種のほか、栗餡、こし餡の全4種。

鉢の木


(文…海藤 和恵 │ 写真…小泉 慶嗣(商品)、平井 夏樹(店舗))

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水戸市関連サイト・SNS

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水戸市は、南北に長い茨城県のほぼ中央に位置しています。東京から北東の方角に約100キロ行ったところにあります。

mito

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編集後記

今号で紹介した水戸の新名産。各生産者について、彼らがつくる商品の美味しさはもちろんのこと、新しい働き方、商品開発、まちの活性化など、その活動の魅力を存分に紹介でき、「ミトノート」の目的を果たせたと自負しています。この想いが伝わったのならば、ぜひとも実際に味わってみてください。幸いにも多くの商品は取り寄せも可能です。さらに欲を言えば、水戸の名産品めぐりに足を運んでください。皆さまのお越しを心よりお待ちしております。
(水戸市ミトノート担当)

ミトノート 第6号

発行日:平成30年3月

発行:水戸市

企画:みとの魅力発信課

編集・デザイン:有限会社平井情報デザイン室

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